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岳南朝日新聞4月コラム 掲載されました

今年度も岳南朝日新聞さんの月1コラムを母力で担当させていただくことになりました!
毎月第2木曜日に「母に必要なチカラって何だろう」が掲載日されます。
子育て中のお母さんたちのリアルな声をお伝えしていくので、ぜひご覧ください。

4月のタイトルは「育児は“人に頼りながら”がちょうどいい」です。

 

【私は甘えている…】

もうすぐ4歳と2歳になる娘たちがいます。子育てに少し余裕の出てきた今、成長した子ども達を片目に見ながら思い起こすことがあります。

まだ長女が二歳だった時に生まれた次女の産後、私は心身共にいっぱいいっぱいになっていました。長女一人だけのときは両手でめいっぱいかわいがってあげることも、家事をそれなりにこなすこともできていたのに、次女が生まれてからは育児も家事も満足にできず、自分を責めていました。長女の世話をしているときは赤ちゃんの次女は泣かせっぱなし。次女の世話をしているときは長女が泣いても「待ってて!」を繰り返すだけ。座る暇もないほど忙しく、気付くと夫の帰宅まであとわずか。洗濯物も畳めてない、夕飯の支度はおろか昼食の片付けさえできていない日々でした。

母の世代が子育てしていた頃に比べると子育て支援の制度もずいぶん整っているし、おむつ交換台のあるトイレや授乳室等の設備も多く、外出もとても便利になりました。父親の育児参加も増えました。我が家も夫は家事に育児にとても協力的です。市内に住む義父母もいつも助けてくれます。近所の方々も娘たちを名前で呼んでくれるほどかわいがり、気にかけてくれています。それでも当時の私は、それらの多くの助けをありがたいと思いながらも「こんなにたくさんの人の手を借りなければ育児をすることができない私は甘えている」と、逆に自分をどんどん責めていったのです。

 

【頼ってくれてありがとう】

そんなある日、長女が熱性けいれんを起こしました。平日の昼間でした。慌てて小児科に連絡するとすぐに連れてきてとのこと。しかし家には私と首も据わらない次女とぐったりしている長女の三人だけ。勤務中の夫や義父母はすぐには連絡が取れず。頭に浮かんだのは以前から「大変なときはいつでも声をかけて」と言ってくれていた向かいのおばさんの顔でした。

カーテンを開けて向かいの家の駐車場を確認すると、ちょうどおばさんが帰ってきたところでした。私は窓から大きな声で「おばさん、助けて!ちょっと来て!」と叫びました。

経緯を説明し「次女と家でしばらく一緒にいてほしい」と伝えると、おばさんは快諾してくれました。そして義母が到着するまでの間、次女を預かってくれたのです。

長女の体調も落ち着き後日お礼に行くと、「頼ってもらって嬉しかった」と言ってくれました。それまで「人に頼ることは人に迷惑をかけること」と思っていた私は「頼っても迷惑なわけじゃないんだ」と初めて思いました。

向かいの家のおばさんだけではありません。近所の方は皆にこやかに声をかけてくれます。4月に入園する娘の園グッズを作ってくれた方もいました。育休中に活動していた母力向上委員会では、スタッフとして動くためメンバーに託児をお願いすることが何度もありました。最初は別れ際に泣いていた娘たちも、「今日は(託児スタッフの)〇〇さんと一緒に待ってるね」と笑顔で手を振ってくれるようになりました。

 

【人に頼りながら育児をするメリット】

小さな子どもを育てているお母さんたちから「子どもが小さいうちは預けるなんてかわいそうで…」という言葉を何度か聞いたことがあります。私も以前はそう思っていましたが、いざ人の手を借りながら育児をしていくと、親だけでなく子どもにもメリットがあることに気付きました。

一番のメリットは「子どもの社会性が育つ」という点です。母親父親以外と関わることは子どもたちにとって大切な経験です。自分のお母さんなら察してくれることでも、慣れない人の前ではそうはいきません。子どもは泣いたり仕草や言葉で表現したりして自分からアクションを起こさねばなりません。親がいなくても人間関係をつくっていくようになります。それは親にとっても喜びです。ヒトは、他人と関わる経験を積んでやっと「人間」になれるのだといいます。親が周囲の人にうまく頼る姿を見せることもまた、子どもたちにとっていい影響があるのではないでしょうか。親はいつまでも子どもの側にいてあげられるわけではありません。今は子どもたちなりに親以外の人と懸命にコミュニケーションを図ろうとしている長女と次女の姿を頼もしく感じています。

いま、慣れない子育てに翻弄しているお母さんたち、ぜひ自分のためにも子どもたちのためにも、まわりの人を頼ってみてください。きっと手を差し伸べてくれる人がいるはずです。

 

文責:金井あゆ美