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岳南朝日新聞12月掲載されました

毎月第2木曜日に「母に必要なチカラって何だろう」が掲載日されます。
子育て中のお母さんたちのリアルな声をお伝えしていくので、ぜひご覧ください。

12月のタイトルは「子どもとの出会いの瞬間が母の力に」です。

 

みなさんはお子さんに初めて会った日のことを、どんな時に思い出しますか?母力向上委員会では、富士宮市主催の「もうすぐパパママ学級」で妊婦さんとそのパートナーに向けて、母力メンバーが自身のお産を語るという取り組みをしています。 今回のコラムは、これから母になる人だけでなく、今まさに子育て中の人、子育てがひと段落した人、孫育てに心をときめかせている人にも、自分のお産を思い出してもらえるきっかけになったらと思い、私のお産について語らせていただきます。

 

【私のお産】

私は、5歳と3歳の男の子の母です。約5年前に長男を出産しました。 高位破水と勘違いしたことから始まり、産まれるまで32時間の難産でした。 入院したのは40週5日目の深夜でしたが、待っても陣痛が来ず、産道にバルーンを挿入して誘発することになりました。朝8時頃、バルーンのおかげで子宮口が5cm開くところまでは順調にすすみましたが、夕方になっても、夜になっても、それ以上開きません。徐々に強くなる痛みと戦いながら、ようやく7cmまで開いたのが翌日の深夜3時。もはやどこが痛いのかもわらない程の痛みと更に格闘し続け、ついに破水したのが朝6時でした。体力の限界を迎えていた私は、陣痛が去っては気を失うように眠り、また陣痛で起きるということを繰り返していました。やっと全開大し陣痛室から分娩室へ移動できた時の喜びは、今でもはっきり覚えています。助産師さんがお腹を押し、先生が吸引をして産まれてきた長男は、3802gのビッグベビー。終わったーという深い安堵感と、初めて見る長男が愛おしくて愛おしくてたまらない気持ちは、長かったお産を一気に幸せな思い出に変えてくれました。一緒に32時間頑張った長男の顔は、とてもむくんでいました。

それから約2年後、次男は予定日より2週間早く産まれました。病院に着いてから2時間の安産で産まれた次男は、とてもきれいな顔をしていました。会陰切開も裂傷もありませんでした。次男をスムーズに産むことができたのは、長男が、顔が浮腫むほど長い時間をかけて必死に産道を広げて出てきてくれたおかげだと思っています。

 

【子どもと出会った瞬間は私の力】

お産は人それぞれで、同じ人でも毎回同じお産にはなりません。たまたま難産だった私は、もちろん分娩中は大変でした。でも、長男と共有した時間は今の私にとって心の支えであり母としての自信です。経膣分娩や帝王切開、代理母出産、養子縁組など、初めてわが子を目の当たりにし触れる瞬間は人それぞれですが、すべての出会いに共通するのは、不安の入り混じった幸福感ではないでしょうか。私は、その気持ちが母に必要な力だと感じています。あの一瞬の気持ちは、5年経った今も思い出す度に力を与えてくれます。

日々成長するわが子から得る幸せに心をときめかせたり、思い通りにいかない育児にイライラや悲しみを募らせたり…私たちの感情って、とても忙しいですよね。最近は、わんぱく盛りの男の子2人に怒り疲れてしまう日もあります。そんな時、私は2人の存在を知った日(私の場合は妊娠に気づいた日)、出会った日(私の場合は出産した日)、成長した今の感情をサーっと思い巡ってみるのです。すると、少し気持ちが穏やかになります。出会った日を誰よりもはっきりと強く思い出せるのは、私たち母の特権ですから。

 

【環境を子育てに活かして】

今、私は夫の仕事の都合でメキシコに住んでいます。メキシコは産後1~2日で産院を退院し、育児休暇は3か月ほど取る人が多いです。子どもが多く、家族や友人との繋がりが強いメキシコならではの「みんなで子育て」によって支えられているように感じます。叱らない子育てが主流ですから、親はゆったりと構え、子は思うままに動いています。しかし、貧富の差が激しいので、子育てに関する情報を得られる環境にない母子や、生後間もない乳児を布で身体にくくり炎天下の道端で一日中物乞いをする母がいるのも現状です。国が変われば環境も変わります。過不足はありますが日本には日本人に合った環境が整えられ、情報を得られるように配慮されています。産院でのサポートや育児休暇など、手にすることのできる制度やサービスを十分に活用して、わが子と過ごす時間をより良いものにしていけたらいいなと思います。

富士宮市では、子どもへの想いを綴る「たすき帖」というノートが出産時に贈呈されています。みなさんもお産の時のこと、子どもと出会った時のことを振り返り、綴ってみてはいかがでしょうか。

文責:関 友梨奈