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岳南朝日新聞4月掲載されました

毎月第2木曜日に「母に必要なチカラって何だろう」が掲載されます。
子育て中のお母さんたちのリアルな声をお伝えしていくので、ぜひご覧ください。

4月のタイトルは『これからも伝えたい、母たちの想い』です。

一昨年前からこのコラムコーナーを担当して早や約1年半。これまで16回のコラムを編集させていただきました。外国での子育て、単身赴任や同居での子育て、人を頼っていいと気付いたこと、仕事との両立、お産を振り返っての想い、虐待について思う事…などなど、本当にいろいろな立場から、母達の生の声を届けて頂いています。コラムが掲載されるたびに、「自分と重なりました」というお母さん、「知り合いから声かけてもらいました!」という執筆者、「多くの人に伝えたくて記事を紹介してます」という子育て支援者の方など、たくさんの反響を頂くようになりました。子育てに真剣に向き合っている姿、悩みながらも乗り越えていく姿を伝えてきたことが、少しでも誰かの役に立ったり、社会の理解につながったりしていたら幸いです。

 

【「だめだよ、お母さん」と言わないで】

私自身も、子どもが学童期へと成長し新たな悩みや不安を感じている日々です。小学生の息子は何度言っても宿題をやらず、悩んだ挙句、苦肉の策で少ない量だけやらせるようにしました。すると逆にそれに甘えるように。学校の先生から電話で「それじゃだめだよ、お母さん」と言われ、悲しくて悔しくて涙があふれ出た事もありました。また、お友達とトラブルを起こしたり、思い通りにならないと癇癪を起こしたり、都合が悪くなると嘘をついたりすることも増え、「自分の育て方が悪かったのか…」と思い詰めることも。「そんな子に育てた覚えはない!」と、子どもに激高したともあります。「虐待なんて紙一重だ…」と思うことしばしば。また、自分一人で出かけたり家事を優先したりしたいときも、子どもたちの「ママ行かないで」「ママ遊んで」に阻まれます。そんな悩みを人に話すと、「いつも構いすぎなんだよ」と言われてしまい、子どもの気持ちになるべく応えようとしてきたことが否定された気がして落ち込むこともあります。

家事や育児は、精一杯頑張っていても褒められる事は少ないです。子どもを大事に思い、一生懸命だからこそ、それを否定された時に母親の心は傷つきます。24時間かかりっきりの乳幼児の親なら尚更でしょう。子どもが騒いだり、粗相したり、体調をくずしたり…そんなときにときどき耳にする「だめだよ、ママ、ちゃんと見てやらないと」という言葉は、母親を追い詰めます。特に真面目な人、責任感の強い人にとっては、その言葉は一杯になった水風船に針を刺すようなものかもしれません。だから、どうか「だめだよ、お母さん」と言わないでください。全てが初めてだから、いつも不安で、自信など何もなくて、なのにとても重い責任を背負っていて…。この重いものを、少しずつでも周りの人が一緒に背負ってくれたなら、どんなに心強いでしょう。それは時に、「大丈夫だよ」という言葉だったり、向けられる笑顔だったり、ただ話を聞いてくれたりすることなのかもしれません。

 

【子育てと無償の愛】

自分の子育てにはなかなか自信がもてない私ですが、それでも一つだけ言えることがあります。それは、子どもたちを本当に大切に思っているということです。お産を語ってくれた12月のコラムを読み、自分もお産を思い出しました。一番お産に余裕のもてた第三子出産の際、まさに「誕生の瞬間」を感じました。暗い部屋にパッと電気がついた時のように、産声の瞬間、パッと一つの世界が生まれたことを感じました。宇宙の始まりの大爆発を「ビックバン」と言いますが、なにかそういう感覚でした。お産は、まさにその子の世界が始まった瞬間であり、子どもを産むということは、わが子の人生、わが子の世界の始まりです。だからこそ親は子どもに対してとても責任を感じるのかもしれません。そして、子どもを育ててみて初めて「誰かのために生きる」ということを知りました。無条件に愛すると、無条件の愛を返してくれることも知りました。時に子どもにひどい事を言ってしまう時もあります。泣かせてしまうこともあります。それでもほとぼりが冷めると「ママー」といつものように嬉しそうに寄ってきてくれる。そんなとき、自分は幸せ者だと感じます。無償の愛を寄せてくれる子どもたちに、心から感謝します。だからこそ、この子たちに恥じない大人でいたい。子ども達に背中を押されながら、少し頼りないかもしれないけど、自分なりに背中を見せながら、前を歩いて行こうと思います。
これからも、いろいろなお母さんたちの声や想いを届けていきます。ぜひ、読んでいただけると嬉しいです。

 

文責:中村鈴鹿