12月は 岡本 薫が
『ママであっても「あなた」の人生を生きる。』をテーマに書きました。
以下より全文お読みいただけますので、ぜひ読んでみてください。
ママであっても「あなた」の人生を生きる。
どんな自分でも尊い
子育てが始まってからは、その責任に押しつぶされそうになって、自分が消えていきそうで、必死にもがいている日々でした。しかし、母力向上委員会のスタッフを始めてからは、私は私のままで子育てをしている。そんな自分だって尊いのだ、と肯定できるようになりました。
これまでのことを振り返り、全子育て中の皆様へエールを送れたらと思います。
私の事
私は北海道の地方都市で生まれ育ちました。なんにでも興味を持ち、新しいことに取り組んだり、みんなで何かを成し遂げることに意義を感じていました。
看護師を志し、大学へ進学する時も自分で決断し、親元を離れることにあまり大きな不安はありませでした。自立心が強く、環境の変化を楽しむ日々でした。
そんな私が、妊娠・出産を経て子育てという環境になると、楽しむどころか「私」はいなくなり、「我が子」を育てる責任がのしかかり、知らず知らずのうちに自分を押し殺して追い詰めていました。
富士宮で出会った人たち
夫婦ともに他県出身で、知り合いのいない生活を送っていましたが、市主催の母親学級や、居住地のご近所さん、子育てサロンなどに行くことで徐々に知り合いが増えて行きました。
母親学級では初めてママ友となるみんなとランチ会をしたり、出産後もお互いの家を行き来する仲になっていきました。
ご近所さんたちも我が子の成長を一緒に喜んでくれたり、心細く思っていた気持ちが少しずつ解消されていきました。
近所の子育てサロンでは、私たち親子を歓迎し、居場所となりました。たくさんのお話、他愛もない話が私を勇気づけてくれました。
みんながいてくれたから、今も元気で暮らせています。
母力向上委員会との出会い
次男出産後は慣れない兄弟育児と、ワンオペで本当に辛い日々を過ごしていました。家にいたら余計に苦しくなって、毎日子育て支援センターへ行き、子育てサロンなど外に出てなんとか、他者との繋がりを求めていました。
その頃、ママ友に誘われ、母力向上委員会主催の「ファミリーめっせ」に参加しました。そこではみんな子どもを連れて、自分たちの役割を果たすだけではなく、子育てしながら自己実現していました。こんな輝いた世界があるんだな、とその時は自分に余裕がなく、一時の夢のような気持ちで参加していました。しかし、今までの流れを変える大切な出会いになりました。
ハハラッチへの参加
三男妊娠時に「ハハラッチ」という、富士宮市と母力向上委員会が協働で行う市のプロモーション活動へ参加することにしました。私が昔から持っていた「なんにでも興味を持ち、新しいことに取り組んだり、みんなで何かを成し遂げること」という強みを発揮できることで、少しずつ本来の自分に戻っていく感覚がありました。
富士宮に移住して子育てをしていくことで辛いこともたくさんあったけど、それ以上にたくさんの人との出会いで、子育てという、宝物のような時間を楽しめるようになりました。
絆が幸せを高める
昨年の検診で重度の貧血がわかり、婦人科へ受診し、この夏に入院・手術をしました。
手術前後にたくさんの励ましをもらい、退院後もたくさん力を貸してもらいました。
退院後、安静が必要と指導がありました。もちろん、指導があっても安静を必ずしなければならないわけではあません。あまり体力が戻らず、できれば安静にしていたい思いを母力向上委員会の仲間が尊重してくれ、「ミールトレイン」を始めてくれました。
ミールトレインというのは出産後や病気療養中などの方へ友人などが順番に食事を届けるというシステムです。昼・夜分の食事を家族の分も含めて届けてくれて、本当に助かりました。そしてその気持ち、優しさに、この場所にいてよかったという思いで胸がいっぱいでした。食事の受け取り時に交わす会話でも、たくさん元気をチャージできました。
「あなた」にエールを!
思い返すと、ターニングポイントには大切な人たちとの出会いがありました。今までの出会いの全てに感謝と、私がもらった「恩」を誰かに伝えて「恩送り」をしていきたいと思いながら、母力向上委員会のスタッフとして活動しています。
子育ては長い人生の一部でしかないとも言えます。どんな自分であって、この一時を過ごすのか。それは自分の捉え方次第です。是非、子育てを通じて色々な人と出会い、
「あなた自身の人生」を楽しみ、深め、味わい、幸せであってください。
文責 岡本 薫
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